台頭する「オンライントライブ」とのコミュニケーションは可能か

Garry Kasparov 19 5 2021

「オンライントライブ」の台頭でデマ情報やフェイクニュースの拡散に対する新たな戦略が求められている。正確な情報が最も不足しているコミュニティーを対象に情報を効果的に伝達する必要がある。

最近米国では、政党や政策ではなく、政治的な「トライブ(=部族、集団)」が話題となっている。

トライブとは、家族のように、密接で強い帰属意識を持った集団を意味しており、その帰属意識は個人のアイデンティティにもなる。一方、離脱しようとする個人が悲惨な目に遭うなど、関係を断ち切るのが極めて困難なことも知られている。

オンライントライブの台頭により、デマ情報やフェイクニュースの拡散に対する、新たな戦略が求められている。しかしこれは、正確な情報をインターネット上に載せればいい、というだけのものではない。正確な情報が最も不足しているコミュニティーを対象に、彼らを排除するのではなく、情報を効果的に伝達する必要がある。

しかし、個人的な思想や疑念が足かせとなっている場合、事実を信じてもらうには、どうすれば良いのだろうか。これは、筆者が米国で著名な世論調査員であるFrank Luntz氏と対談した際に取り上げたテーマでもある。

意見や立場の共有だけでトライブが形成される現状

注目すべき傾向として、トライブが信仰するイデオロギーは具体的かつ明確に特定されている。以前は家族関係や宗教の信仰者にしか存在しなかった忠誠心や熱狂が、今では政治家や政策の支持者に見られるのだ。

こうしたトライブの宗教的な情熱は、危険である。自分たちの正しさを信じるだけでなく、それに異を唱える者を悪とする考え方は過激化しやすく、時には暴力へと発展する。

ソーシャルメディアの普及により、インターネットにアクセスできること以外に共通点を持たない人々の間でも、トライブがほぼ瞬時に、そして世界規模で形成されることがある。また、現在のインターネットの広範な利用状況により、金儲けを目論む詐欺師、フェイクニュースの拡散を通じて混乱や敵国の弱体化を企む工作員がはびこっているが、トライブは彼らによる誘導や煽動の影響も受けやすくなっている。

オンライントライブをたきつけるソーシャルメディア

オンライントライブのもう1つの特徴として、ソーシャルメディアプラットフォームのアルゴリズムによる、炎上のメカニズムがある。ソーシャルメディアには、人々をより過激なコンテンツへと駆り立てる「先鋭化エンジン」としての側面があると、多くの調査で明らかになっている。

ソーシャルメディアが目指すのは、エンゲージメントを高め、人々が「いいね」するコンテンツを提供し、より長時間そのプラットフォームに滞在させ、より多くの広告を売りつけるシステムを作ることだ。一見、そこに悪意はなさそうだが、実際の結果は周知の通りである。

読者の皆さんも、移民問題に関する動画や街頭の抗議活動に関する投稿を見たことがあるのではないだろうか。同様に、ソーシャルメディアには、人種差別や暴力的な運動を支持する投稿も多く存在する。最近は新型コロナウイルスのワクチンなど、賛否が分かれる医療手段に関する投稿も多い。

ソーシャルメディアのアルゴリズムは、正確な情報を提供することもある一方、議論の余地すらないはずの科学的事実に対する批判も、ユーザーに提供していく。例えば、新型コロナウイルスの原因が5Gの電波塔であると主張する投稿が一時期見られることもあった。

このような内容でも1日に何百万回と繰り返し投稿することで、割合としては限定的でも、ある程度の人々から同意を獲得できれば、強力な波状効果を生み出せる。トライブは、このような事実無根の、時に危険な思想によって形成され、信者の間で共通のアイデンティティを作り出す。信者は自分たちの信仰を支持しない人々から孤立し、敵対心を深める。

「Qアノン」や「Q」として知られる、オンライン陰謀論のムーブメントから、こうした動きがいかに短期間で拡大し、現実世界にも影響を及ぼすかが分かるだろう。

オンライントライブとワクチン接種

こうしたオンライントライブの政治的なインパクトは世界中に見られるが、他の分野でも危険な影響を及ぼしている。その分かりやすい実例が、ワクチンを危険と考える人々、あるいはワクチンに関連した陰謀論を信じる人々が掲げる、いわゆる「反ワクチン運動」である。

この運動は、ワクチンは不健康だと主張する政治家や「神の業を邪魔したくない」と考える信者、あるいは政府の計画に懐疑的な反政府層まで、多種多様な人々を含んでいる。

彼らを「ワクチン懐疑派」と呼ぶことは、科学の基礎的な知識を有し、理論や主張の裏付けとなる証拠やロジックを追求する、真の懐疑派の主張を害してしまう。大半の反ワクチンサイトでは、陰謀論や根拠のないゴシップが記述されている。

彼らはインターネット誕生以前、そして、対立関係にある国が炎上に関与する以前から存在しているが、異なる属性の人々を急速に団結させるインターネットの能力は、前例のないものである。さらに、オンライントライブには、外部の扇動者も容易に潜入できるのだ。

こうしたトライブの多くは、世界各地に分散しており、危険な動きを見せることがある。特に政治的な集団など、比較的大規模なトライブには注意すべきだ。

最近の米国の世論調査では、Trump氏を支持した共和党員の50%が、新型コロナウイルスワクチンを接種しない、と回答している。彼らの考えは、マスク着用やロックダウンを拒否する層とほぼ合致しており、「Trump票が盗まれた」と2020年米国大統領選挙の不正を主張する人々や、より危険な陰謀論を唱える人々とも多くの共通点を持つ。

集団免疫のために必要な人口がワクチンを接種することで、感染症を縮小させ、最終的には消滅させることができる。仮に相当数の国民がワクチン接種を拒否する場合、この目標の達成は、著しく困難になるか、不可能になってしまう。

言うなれば、「反ワクチン運動」を先導するトライブは「VPNやアンチウイルスソフトは危険なアプリで、アンイストールして使用を中止すべきだ」という主張を拡散するハッカー集団のようだ。

トライブから学ぶ

善良なものに対するネガティブな主張を広めることは、有害なものを広めることと同様に悪質であり、危険である。このようなトライブの存在は危機的状況を生み出しており、否定派を切り捨てれば解決できる、というものでもない。強制的な措置は隙を与えるだけであり、何とかして彼らに理解してもらう、あるいは危険な情報を広めない動機を持ってもらう必要がある。

次回の「Garry on Lockdown」(筆者が出演する動画)では、米国の世論調査員を務めるFrank Luntz氏をゲストにお招きし、世論を測定する方法、そして世論に影響を与える方法について話し合う。

彼は最近、ワクチン接種を警戒するTrump支持者のグループインタビューを開催した。その結果は、ワクチン問題の解決の糸口のみならず、オンライントライブへの対策の糸口も与えてくれている。

トライブ信者があまりにも疑心暗鬼な場合、反感を持っている場合、事実に基づく論理的な話であっても聞いてもらえない。Luntz氏のグループインタビューから得られた教訓は、対象者を会話に参加させることの重要性だ。

自分が不信に思っている政治家や専門家の講義、あるいは命令を聞いているような印象を抱かせてはならない。彼らは往々にして、ソーシャルメディア上の友人や同じトライブ内の面識もない人など、正式な知識を一切持たない人を専門家よりも信用してしまう。

話を聞いてもらうには、外部からだけではなく、トライブ内からも正しいメッセージを発信する必要がある。これは容易ではないが、状況を改善していかなければ、より多くの人々が過激派に陥り、従来のコミュニケーションが通じなくなってしまう。

教育や「脱洗脳」は十分ではなく、また、正しい方法を取らなければ、事態が悪化することもある。大切なのは、しかるべきメッセージを、しかるべき方法で届けることだ。

これを考慮してソーシャルメディアのアルゴリズムを使えば、ワクチンの広告の中から、最も効果的なものを特定できるかもしれない。ご存知かとは思うが、筆者は機械と敵対するのではなく、機械とともに生きることが重要だと考えている。

この記事は2021年4月1日に公開されたTaking action against online tribalismの抄訳です。

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